
こんにちは、畑岡です。
前回はトヨタ・ヴィッツという実用的なコンパクトカーについてお話ししました。今回は一転して、私の車遍歴の中でもある意味「特別な一台」となった、ポルシェ911 Type996について綴りたいと思います。
幼き日の憧れが現実に
「いつかはポルシェ」という言葉があるように、911は多くの自動車愛好家にとっての憧れの存在です。私もその例外ではなく、子供の頃からスーパーカーブームに影響されて、ランボルギーニやフェラーリと共にポルシェ911のポスターを部屋に貼っていました。その流麗なフォルムとリアエンジンという独自のレイアウト、そして長い歴史の中で綿々と受け継がれてきたデザインの一貫性に惹かれていたのです。
2003年、長年の夢だったポルシェ911を購入する機会が訪れました。当時は想像もできないことですが、ポルシェはベンツやBMWの陰に隠れ、販売不振に喘いでいた時期でした。特に996型は従来の空冷エンジンから水冷エンジンへの移行という大きな変革期のモデルで、伝統主義的なポルシェファンからはやや冷遇されていたのです。
そのおかげで、通常は手の届きにくいポルシェが現実的な価格で手に入ることになりました。カタログ価格の1070万円からさらに値引きがあり、最終的には910万円で購入。当時でも輸入車としては決して安くはありませんでしたが、「ポルシェ」という称号を持つ車としては破格だったと言えるでしょう。
水冷エンジンが奏でる新しい音色
996型ポルシェ911の最大の特徴は、それまでの伝統だった空冷エンジンから水冷エンジンへと移行した最初のモデルであることです。この変更はポルシェファンの間で大きな議論を呼び、「本物のポルシェではない」という声すら上がりました。
しかし、実際に所有してみると、そうした批判は杞憂に過ぎないと感じました。確かに独特の空冷サウンドは失われましたが、3.6リッターの水平対向6気筒エンジンが奏でる音色は、依然として他の追随を許さない美しさを持っていました。特に3000回転を越えた辺りからエンジン後方で高回転を刻む感覚は、まさに病みつきになるものでした。
低重心と後輪駆動、そしてリアエンジンというレイアウトは、コーナリング時の独特の挙動を生み出します。慣れるまでは少し神経を使いましたが、一度そのクセを理解すると、むしろその特性を楽しめるようになりました。現代のスポーツカーのように電子制御で「安全に」走るのではなく、ドライバーの技量が問われる、より純粋なドライビングマシンだったのです。
走ることが目的になる車
911との生活で最も印象的だったのは、「走ること自体が目的になる」という経験でした。それまでの車は基本的に目的地に行くための手段でしたが、ポルシェでは「ただ走りたい」という衝動に駆られることが多くなりました。
用事もないのに早朝からエンジンをかけ、人の少ない裏道や山岳路を走り回ったことは数知れず。時にはただガソリンを入れるためだけに、わざわざ遠回りして高速道路を走るという、燃費的には本末転倒な行動をとることもありました。
ポルシェ911の魅力は、単純なスペックだけでは語れないところにあります。0-100km加速やトップスピードといった数値では、同価格帯の他のスポーツカーに劣る面もありましたが、ドライバーとの一体感や走りのフィーリングは比類ないものでした。特に高速でのコーナリングや、グニャリと伸びるアクセルレスポンスは、言葉では表現しきれない快感をもたらしてくれました。
デザインへの複雑な思い
996型ポルシェ911のエクステリアには、少々複雑な思いを抱いていました。従来の丸目から「卵型」と揶揄された新しいヘッドライトデザインは、当時私にとっても少し受け入れがたいものでした。今見ると独自の味わいがあるように感じますが、当時はやや違和感を覚えたものです。
また、標準装備の17インチホイールは、ボディサイズに対してやや小さく見え、特にホイールアーチ内に沈み込んだ印象があり、見た目のパワフルさに欠けると感じていました。理想的にはホイールスペーサーを装着してホイール位置を外側に出すか、18インチや19インチへのインチアップを考えていましたが、購入資金を捻出するのに精一杯だった私には、そこまでの余裕はありませんでした。
こうした美観上の小さな不満はあったものの、走り出せば瞬く間に忘れてしまうほど、その走行性能には満足していました。静止しているよりも動いている姿の方が美しいクルマだと感じたものです。
短すぎた夢の時間
残念ながら、私と996型ポルシェ911との時間は長くは続きませんでした。購入した翌年、起業したばかりの会社が資金繰りに窮し、泣く泣く手放すことになったのです。わずか1年という短い期間でしたが、ポルシェとの日々は私の車人生の中でもひときわ鮮やかな記憶として残っています。
売却の日、最後の走行を終えてディーラーに車を引き渡す時、エンジン音が遠ざかっていくのを聞きながら、いつか必ずまた所有したいと強く思ったものです。実際、その後のキャリアの中で「いつかはポルシェ」という目標が、私の仕事への原動力になった時期もありました。
技術とブランドの哲学
振り返れば、996型ポルシェ911との短い時間は、単なる「車の所有」を超えた経験でした。それは70年以上にわたるポルシェの歴史と哲学、そして「より速く、より軽く」を追求し続けたエンジニアたちの情熱に触れる機会でもあったのです。
空冷から水冷への移行という大きな転換点にあった996型は、ポルシェという会社の挑戦と革新の象徴でした。伝統を守りながらも時代に適応する—その姿勢は、私自身のビジネスにおいても大きな示唆を与えてくれました。
また、「ブランド」の持つ力についても考えさせられました。ポルシェが販売不振だった時期でも、その本質的な価値は揺るがなかったのです。表面的な流行に左右されない本物の価値を追求することの重要性を、このクルマは教えてくれました。
おわりに
私と996型ポルシェ911との1年間は、まさに「短くとも濃密な」時間でした。夢を実現することの喜びと、それを手放す苦しみ。両方の感情を味わった車でもあります。
しかし、人生においては全てが経験です。このポルシェとの時間があったからこそ、その後の車選びや人生の優先順位について、より明確な価値観を持つことができたのだと思います。
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